子どもたちが小学生の頃、友人に誘われてPTA役員を引き受けた。
「一人ではできないから、一緒にしよう」
「他に誰も引き受けてくれないの」
そう言われた。
PTA役員がどんなものなのか、よくわからなかった。
仕事ができるわけでもない。
事務仕事も得意ではない。
私なんかがやって、何の役に立つんだろう。
そんな気持ちもあった。
それでも、私にできることは、友人と一緒に役割を引き受けることだった。
そして、案の定。
事務仕事はできなかった。
ただ、3人の子どもたちを連れて、夜の話し合いに参加した。
学校が終わって、少年団が終わって、お腹を空かせた子どもたちにお弁当を作る。
そのお弁当を持って、子どもたちと一緒に学校へ行く。
資料のコピーをしたり、話し合いに参加したり。
今振り返っても、私はたいして仕事をしていなかったと思う。
それでも、
「参加することに意義がある!」
そんな気持ちで、話し合いだけは一生懸命参加した。
ちょうどその頃、家庭の中も大変な時期だった。
夫が「離婚したい」と言って、離婚届を置いて家を出ていった。
子どもたちには「単身赴任で仕事に行っている」と伝えながら、どうしたら離婚せずに済むのかを探していた。
毎日を必死に生きていた。
そんな時期だった。
そんな中で、PTA役員を引き受けた。
そして、役員になったことが発表されたとき。
同じ年齢の子どもを持つお母さんたちから、
「何であなたがPTA役員になったの?」
と言われた。
そりゃ、そう思うよね。
仕事はできない。
事務仕事も得意じゃない。
家庭も大変そう。
そんな私がPTA役員なんて、務まるはずがない。
そう思われたのかもしれない。
私はその言葉を聞いたとき、
「じゃあ、あなたがやればいいのに」
と思った。
人のことを見て、
「この人には無理」
「この人は相応しくない」
と判断するくらいなら、自分がやればいいのに。
そう思った。
でも、今になって考えると、あの言葉がきっかけで、私は一つのことに気づいた。
誰でも挑戦していいんだ。
適材適所なんて、やってみなければわからない。
やってみて初めて、
「これ、意外とできるかも」
「これは苦手だな」
「これは誰かに助けてもらおう」
とわかる。
最初から「できる人」を選ぶ必要なんてないのかもしれない。
もし「できる人」がやるものになってしまったら、どんどんハードルが上がっていく。
そうすると、毎年、引き受けてくれる人を探すのが大変になる。
そしてまた、
「私には無理」
と思う人が増えていく。
でも、本当は誰でもやっていい。
一人で全部できなくてもいい。
できないことは、誰かに助けてもらえばいい。
「助けて!」
と言いながら、自分のできることをすればいい。
そして今の私なら、自分の役割は、
みんなのハードルを下げることなのかもしれない。
そう思う。
挑戦することの楽しさ。
誰かと助け合うことの素晴らしさ。
失敗しても大丈夫と思える安心感。
そんな環境をつくっていきたい。
それは、仕事でも、家庭でも、人との関わりでも同じなのかもしれない。
「できる人」だけが頑張るのではなく、
「ちょっとやってみようかな」
と、誰もが一歩踏み出せる場所。
失敗しても、
「まあ、やってみたもんね」
と笑える場所。
そんな場所を、私はつくれる人でありたい。
そのためには、まず自分自身に対して、思いやりと寛容さを持つこと。
自分のことを、
「できない」
「ダメ」
「ちゃんとしなきゃ」
と責めてばかりいたら、人に対しても厳しくなってしまう。
自分に優しくできるからこそ、誰かの「できない」にも優しくなれる。
白か黒か。
できるか、できないか。
正しいか、間違っているか。
そんな二択じゃなくていい。
その間には、たくさんの色がある。
私は、ネイビーくらいでいい。
白でも黒でもない。
曖昧さも、できなさも、失敗も。
そんなものも全部含めて、
「まあ、やってみようよ」
と楽しめるほうへ。
今振り返ると、あの頃の私は、PTA役員を「ちゃんとできていた」わけではなかった。
それでも、やってよかった。
あの経験があったから、
「できない私でも、やっていい」
「助けてもらいながら、やっていい」
「誰だって挑戦していい」
そんなことを知ることができた。
そして今なら思う。
あのとき私を誘ってくれた友人へ。
私を誘ってくれて、ありがとう。